外国出願する前に 日本人の思考の問題点
数十年のビジネスの付き合いがあるにもかかわらず、アメリカ人の日本人に対する印象は、依然として「お金を持っている」「おとなしい」のようです。
日本人に対してこのような印象を持っている一方、アメリカは契約社会であり、アメリカ人ならではの考え方があり、両者の誤解はますます広がることになります。
具体的に例をあげると次のような日本人の発想が、アメリカ人の誤解を生み、さらに拡大しているといえるでしょう。
指示があいまい
明治の頃、日本の指導者のひとりがヨーロッパに行き、日本を代表した挨拶を依頼されました。そこでその人物は日本から連れて行った通訳に「よか頼む」と一言。
かねてからその性格を知っている通訳は、要領よくまとめてソツなく挨拶をこなしてしまいました。それを聞いた外国人はこういったそうです。
「日本語とは便利な言葉ですな、ワンワードが英語に直すとあんなに長くなるのですか?」と。
これは極端な例ですが、特許出願を海外の代理人に依頼するに際しても「よか頼む」、すなわち指示があいまいな例が少なくないという。欧米の複数の弁護士の意見です。
しかし依頼を受けた法律事務所ねとするとあいまいな指示だからといっていいかげんに扱うわけにはもちろん行かないです。
そこで形式のチェックだけではなく、明細書の見なおし、用語の統一、誤記の訂正、さらにはクレームの修正などもやってしまいます。
そうすれば当然、高額な請求が発生します。
依頼した側は、請求書を受け取って一気に不満が爆発することになりますが、その場合にはやはり指示する側に責任があるといえるでしょう。
詳しくは後述しますが、範囲を明確にした指示をすべきです。
料金の勝手な解釈
欧米の代理人に特許出願を依頼した場合に、料金に含まれる範囲を勝手に解釈してしまうケースのことです。
出願の手数料が2000ドルとすると、その2000ドルにはどこまでの作業が含まれているのか? この範囲を明らかにしておかないとどうなるでしょう。
「先日の請求はもう送金したのにまた請求がきた。いまさらお客さんへ請求書を回せないよ」、「これじゃ上司へ報告できないわ」、ということになってしまいますね。
今回の請求額に含まれているのはどこまでの範囲なのか、はっきりした境界の設定が必要となるわけです。
それには後述するような契約が不可欠と言えるでしょう。